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Vol.6「気がつけばフクコ Part3 三つ子の魂百まで」

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前にも書きましたが、私の祖母は当時92歳、明治生まれでお嬢様育ち、「ああ、野麦峠」のように女工さんをたくさん雇っていた家の出だそうで、お嫁入りの時にも何人かお手伝いさんを引き連れてきて、私の父は乳母さんに育てられたそうな…(の割に私達はごく普通の庶民、なぜ???)。

洋服は老舗高級デパートでオーダー、普段使いの化粧品は1瓶何万円もする代物、松坂牛大好き、と我が家の中では異色の存在でした。
いくつになっても高級路線は変わることなく、腎機能が低下して足のむくみがひどくなり靴のサイズが合わなくなった時も、高齢者用の楽な靴を買おうと父がデパートの靴売り場に連れて行ったところ、5センチヒールでリボンのついたおしゃれな靴をほしがり呆れてしまったなんてことがありました。


昼間は家で寝ていることが多くなり、足が弱るといけないので、公園に散歩にでも行ったら?と言うと、「家に置いてもらえないみたいでみっともない」。

一緒に行こうか?と言えば、「年寄りみたいでみっともない」ってな具合です。
そんな毎日を繰り返すうち、祖母はトイレに間に合わず、汚した物を部屋に隠す、こっそり洗う、ということをするようになってきました。それまで、気は若くて、憎まれ口をたたいていた祖母も、さすがにこのころからぐっと老け込み始めました。
人間は気のもちようなんだなぁ、と、つくづく思いました。
老いを自覚してしまったんですね。特に排泄に関しては人に知られたくない、人としての尊厳にかかわることですからね。そこからは早かった…トイレの場所がわからなくなりいろいろな場所でしてしまう、昼夜逆転し夜中にゴソゴソ動きまわる。ここから私の眠れない日々が始まったのです。          

次回へつづく…

2005年09月30日 15:00

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